さて、じゃあどうすんのさ。
昨日の垂れ流しな文章を読み返してみて
実はたいして整理されてないことに気づいた…。
まぁいいや。
思考の過程は必ずしも間違った方向ではないと思うし。
ポイントは「クラスの中で」その理想を目指すためにどうしたらいいんだってことで。
だってプライベートレッスンならこんなこと今日からでもできるもん。
言語の学習って、いったん自分が「好きかも」って思うと
自らすすんで勉強するようになる。
最大の問題は、結構シンプルで
当初高かったはずのモチベーションが、
初級でぶつかる壁にやる気を削がれて萎えてしまうこと。
そうなると、もうネガティブな方向にしか進まなくて
仕事が忙しいことが勉強できない理由になったり
最悪の場合先生の教え方が悪いって言われてしまったり。
それぞれの「日本語でやりたいこと」が異なるクラスで
ぶつかるであろう壁を予想してはクッションを置き
彼らのシートベルトになり、エアバッグになり
衝突のインパクトをできるだけ最小限にする。
そうやってモチベーションをできるだけ削がずに
自発的に勉強できるようになるまでのサポートをする。
「小学生じゃあるまいし。」
なんて言われそうだけど
自分も含め
この問題を自分ひとりで解決できちゃう人って多くない。
だって
やっぱり人間ですから。
もっと楽しそうなことがあれば
そっちに魅了されてしまうのはごくごく自然なことです。
隣の芝が青く見えたとき
振り返ると自分ちはもっと青かった
みたいなミラクルを目指すには。
さてどうしよう。
今日も相変わらず脳内ウロウロ。
うーん。
どう考えても1つの最強の案にまとまるワケない。
仮に1つになったならそれは誰かにとってはビミョーなわけで。
じゃあ、ひとつにしなきゃいーじゃん。
もっとフレキシブルにしたらいーじゃん。
30人いたら30通りのプライベートレッスンすればいいじゃん
…1クラスで。
あーまた戻った。
じゃーどーする。
うまく言えないけどたぶんそのためには
「大枠」みたいなものを作るしかない。
その「枠」は決して制限をつけるためのものじゃなくて
「こんな感じ」っていう提案に近いもの
それは教師にとっては授業を進める目安となり
生徒にとっては勉強をすすめるための目安にならなくちゃいけない。
あー難しい。
じゃあ「枠」って何だよ。
30通りの「日本語でやりたいこと」があります。
その30個のモチベーションの源をくくれる大きな枠。
それって何かの教材?ツール?
てか
そんなんドラえもんの秘密道具じゃん…。
…イジけても仕方ないし考えよ。
…
でも
ドラえもんの秘密道具って意外と良いかも。
要はそんな感じの無限さがポイントなわけで。
あ、
インタネット?
インターネットじゃね?
「何を今さら」だけど
教材探しに多用してるインターネットなのに
授業にパソコン持ち込んでネットつないでやった記憶ってほとんどない。
せいぜい写真を紹介する程度だった気がする。
教材探しにネット使ってるってことは
勉強するのにも一番身近で便利で無限なツールってことじゃんね。
やっぱインターネットじゃね?
だって
無限だし
フツーにみんな使えるし。
使えるか使えないか
良いか悪いかは別にして
なんでこんな基本的なこと
今まで気づかなかったんだろ。
てかみんなフツーに授業で使ってるんかな。
生徒のパソコン持込許可してたり。
よく考えたら
教師が教材探しにネット使うのに
生徒に授業中使わせないなんて
器の小さい人間じゃんね。
日本みたいに教材も環境も
日本語ドップリになれるわけないこの国で
いちばん日本語に近づけるのは
「マス形」でしかしゃべらない教師だけとのクラスじゃなくて
インターネットをフル活用した予想もつかないクラスじゃね?と
少なくとも社員の皆さんは
みんなパソコン支給されてるし
ネットを積極的に使えるだけの力はあります。
使える人と使えない人とのデジタルディバイドはないです。
あとは授業で使うコンテンツ探しと
生徒をネットサーフィンに没頭させないくらいの抜群のコントロール力かね…。
みんな大人だから、ただ禁止するだけだと納得しないだろうし。
とりあえずこれくらいにしとこ。
あんまり考えすぎると変な方向に行きそうだし。
日が変わればなんかいいアイディアも出てくるべ。
ここは企業のトレーニングセンターです。
当然、生徒は学業メインの学生ではなく
本業を別に持つ社会人です。
みんな本業で忙しいです。
出張やら会議やら
他に優先すべきことは山積みです。
もちろん
仕事だけが休む理由ではないでしょうが(授業がつまらない…とか)
出席率は正直よくないです。
何が理由で休んだのかは知りませんが
翌日、「昨日何したの?」なんていうメールを見れば
それはきっと仕事が理由だったんでしょう。
相手が学生だったら
休んだ人を授業の中でケアするようなことはあまりしません。
休んだ分のフォローは
次の授業までに他の学生から得ておくのがマナーですから。
でもここでは
前回休んだ人のための復習に
新しいことをインプットする時間を多少削ってでも
多くの時間を費やします。
そしてその復習では
前回出席した生徒に説明をしてもらい
自分はその話を聞きながら、
必要があればフォローを入れるオブザーバーになります。
そんなこんなで言いか悪いかわかりませんが
講座で作ったガッチリの「教案」は
このコースでは作っていません。
事前に、そのクラスで教えたいことをまとめたA41枚と
シュミレーションで作った理想の板書をデジカメで採り、印刷。
さて、今ひとつのコースを終え、
たったひとつ、最初のコースを終えただけですが、
その内容、というかコンセプトを
だいぶ変更しようと思っています。
さてどうしよう。
の前に状況整理。
もう一度。
生徒は学業メインの学生ではなく
本業を別に持つ社会人です。
今行っているトレーニングは複数ありますが
変更を加えようと思っているのは彼らの業務に直結する強制受講のコースではありません。
色々な理由で日本語に興味のある社員へのボランティアに近いコースです。
日本語を勉強したいと何となく思っていた人たちには
絶好のチャンスです。
モチベーションの源は何であれ、
新しい言語を学び始めるときに誰もが抱くイメージはきっと、
「コミュニケーションできるなんて考えもしなかった人と会話をしているエキサイティングな自分」
のはずです。
では、当初のポジティブなイメージを奪わずに
できるだけその状況に近づけるために
教師である自分がすべきことは何でしょう。
ニーズ調査とレディネス調査で
「これはきっと彼らに必要だな」
と思うことを教師がチョイスしてコースを組み立てることでしょうか。
何となくそうなのかもしれません。
でも多分違います。
学校なら、最大のニーズを捉えて
シラバスに適用するのが効率が良いし、
それが同時に利益を生むことになるんだと思います。
でも
ここは企業のトレーニングセンターです。
会社の稼ぎは別にあります。→利益を追うことは必ずしも必要ではないでしょう。
社員の本業も別にあります。→利益の源である彼らの本業に支障が出ては×。
本業のストレス以外のストレスはマイナス要因。
つまり、言語のトレーニングに限って言えば(マネジメントや技術者トレーニングもあるので)
自分がなるべきは「教師」ではなく「アドバイザー」なのかもしれません。
30人いたら30通りの「日本語を使ってやりたいこと」があるんです。
そしてそれがモチベーションであり続けてほしいです。
こちらが必要だと思うことを与えるのは
「最短」に見えて実は「最長」の道のりを与えてしまうことなんじゃないかと思います。
例えば、自分の英語の勉強を振り返ると、
自分の「英語を使ってやりたいこと」とマッチしない高校の英語の授業、最高にだるかったです。
もちろん、高校は指導要領があるわけで、そこから外れるのはかなり難しいでしょうし、先生の責任だけではありません。
だってそういえば
そのときの自分は、出たてのDVDプレーヤーの字幕変更機能に痛く感動し、
大好きな映画を英語字幕で何回も観ては、「このセリフステキだぁ」と感動し、
知らぬ間にリスニング力を得ていた気がします。
まして
これだけネットが普通に使える今なんだし
本当にやろうと思えば世界中の人とスカイプやらで映像つきで話せるし、
ネット上には生教材が無限に利用可能。(教師が教材探すときもネットを彷徨うわけで。)
たぶん究極的に言えば言語なんて一人で勉強できるはずです。
でも人間ですから、どんなに環境が整っていても「究極的」はカナリ難しいもんです。
だからこそ、傍でそのときそのとき適切なアドバイスとフォローをくれて
自分の進歩をほめてくれるアドバイザー的な先生がいてくれたら
それはそれは心強いし、この先生といつか話せるようにがんばろうと思うんじゃないかと。
独りよがりの、思い込み的発想の、夢物語かもしれないけど。
でも
少なくとも自分はそうやって言語を学べたら
ギリギリまでストレスフリーで楽しく学べるんじゃないかなぁと。
例えば電化製品が好きな自分ですが、
海外の家電ブランドをネットで手に入れたいので、そのための語彙を最優先でゲットしたいです。
送料、関税、支払方法、重量、などなど、それらの単語を先生に聞きます。
↓
あ、てかネットだから発音だけじゃだめだった、つづりも教えてください。
↓
注文してみよ
↓
あ、送料載ってないじゃん、送料いくらですかって何ていうんだろ
↓
てか「いくら」って何ていうの、あ、そもそも「何て」って何ていうんだ
みたいな。かなり大胆で大げさですが。
何が言いたいかといえば、
前回のコースでは導入授業で日本語のビジュアルイメージを伝えるためにひらがなをやりましたが、
とくに文字を必要としていない人や、予想外の形に面食らった人もいたんじゃないかと。
そういう人が、この文字を覚えるためだけに2週間費やしたとして、
その2週間で、例えば彼らの興味のあることを最優先に初めて、その結果としてひらがなが必要になった場合との学習効果を比べたら結構大きな差になるんじゃないかなと感覚的に思ったわけです。
少なくとも自分の今行っているコースではこれが最良な気がする…。
そして少なくとも初級レベルではこのストレスフリーな感じは重要だとも思う。
だってその後の学習のモチベーションは初級をやったときの楽しい感覚だと思うから。
たしかこれって、大学のときの経営学かなんかであった
マズローの欲求5段階モデルとかとも若干リンクしてる気がする。
今になってああ、なるほどと。
「忙しくてもやる人はやる」
確かにそうです。
要領のいい人はいくらでも時間が作れるでしょうし
勉強することに高いプライオリティをつけている人には
忙しさなんて勉強できない理由にならないのかもしれません。
でも、そういうのは置いときましょう。
仕事に大半を費やし、ようやくできた自由な時間。
遊びたいし
寝たいし
家族と過ごしたいし
恋人と過ごしたいし
友達とすごしたいんです。
人間ですから。
そして
それらと同じように自分を成長させるための時間もほしいんです。
さて、じゃあどうすんのさ、というとこにたどり着きました。
今日はここまでにしとこう。
この半年間で感じてきたことを整理できただけでも結構有意義だし。
ただ思考そのもののアウトプットなので、起承転結も何もありません。
支離滅裂な上、脳はショート寸前です。
ダラダラな思考に付き合ってくれてありがと。
おそらく(てかほぼ確実)この街は世界一交通事故が多いと思います。
てか、みんなそう言います。
来てからまだ半年ですが、2度ほど交通事故の「瞬間」を目撃しました。
だって交通ルール守らないし。
だって2車線なのに3車線で車が走ってるし。
だってラウンドアバウトって、世界のルールで
回ってる人優先なはずなのに無視してびゅんびゅん入ってくるし。
だって見るからに子供が運転してるし。
だって自動車優先だし。
そんなこの国で
運転免許を取得し、もうすぐ車の運転をしなければなりません。
だって公共交通ないし。
今まで歩いてたけどそろそろ干からびそうに暑いし。
歩いていて何度か恐怖体験をしたし。
歩行者でいるほうが危険な目に遭うリスク高い気がしたから。
ダイジョブか、と左ハンドルに問いかけます。
三つ目がとおるでも事故に遭うと思います。
少なくとも4つ。
いや、5.1chサラウンドシステムぐらいの目が必要です。
帰国したら驚異の動体視力を身につけているはずです。
毎朝汗びっしょりで起きます。
だから早朝のシャワーは欠かせません。
温まるのにちょっと時間のかかる
のんびりボイラーです。
だから毎日シャワーの30分前に起きて電源入れます。
が
今朝。
電源を入れ15秒後、
「ばひゅーん」
という爆音とともに
スイッチ吹っ飛びました。
壁には火花が抜けた黒い跡。
すべての部屋の
電気という電気が
PVとかでよく見る廃墟の電球のように
「ジーッ、ジ、ジリーッ」
と音を立て点滅し
テレビやらDVDプレーヤーはONOFFを繰り返し
冷蔵庫は開けても暗く
ケイタイのバッテリー表示はおかしいし
大変。
縁起でもないケド
最初
ミサイルが着弾したのかと思って
叫びながら部屋から部屋へ駆け抜けました。
叫びながら。
早朝6時。
後で考えると恥ずかしい朝でした。
クソ暑いのにシャワー浴びてません。
たぶんニオイます。
一生忘れない誕生日です。