家に帰ったはいいものの、
引越荷物を部屋に収納せねばならない。
まして空っぽの部屋じゃあるまいし。
まずはもとの部屋の整理。
小学生の頃のテストやら幼稚園のころの手形…。
今「思い出」のフレーズに弱い自分にとってこれは、リーサルウェポンでクリティカルヒット並。片付けも忘れてしばし遠いところへ。
だから今日も進まず、溢れる文明のカタマリとその付属品。

それにしてもよくもここまで育ったもんだ。
B型の自分を端的に表してみる。
楽しいことスキ。
最優先は自分が楽しいこと。
そしてついでに人が楽しんでること。
だからみんなが楽しくて、自分が楽しいのが相性がいいってこと。
人の話って聞いてるようであんまり聞いてないかも。
でも別に自分の話を聞いてくれてなくてもそんなにイライラしない。
だからBが集まると、それぞれ好き勝手なことしゃべってもその場が成立する。
あなたがB型なら同意してくれると信じてる・・・。
単純に言えばそんな感じだから。
こんな事書いてるのは、昨日の飲み会で圧倒的にB型がマジョリティだったから。
そして昨日の飲み会は、自分の中では勝手に相性がよかったと思ってる。
今のところ独りよがりでそう確信している。
少なくとも自分は楽しかったです。
酔っ払って遠い目をしている自分に飲ませることもないやさしい空気。
紅一点のアイドルのはずなのに幹事してる彼女。
ミソまみれの箸に困っている空気を天性で放つ彼。
ジントニックを飲み続ける飲めないはずの彼。
メロンソーダを飲み続け、氣志團で踊れる彼。
自らの酔っ払ったイタイ思い出(言えない)を笑顔で語る自虐的な彼。
そんな彼らを赤ら顔でボーっと眺めながら、
「はぁぁ…酔っ払ったぁ…痒ッ。」とまた勝手なことを思ってるB型。
すてきな仲間たち。
泣きました。
雪がしんしんと降る朝6時50分。
ものすごく空気が冷たくて痛く刺さりました。
駅のストーブの暖かさが冷たさを際立たせて。
きっと帰ってくるし、絶対戻ってくるのに泣きました。
てか、泣けました。
死んでた脳が動き出したので観てきた。ここでもやっと公開されたので。
今日は1月4日。
今日まで待って観たのにはちゃんと理由もある。
1952年1月4日、後にチェ・ゲバラとなるエルネストと親友アルベルトがブエノスアイレスを出たのは今日。
もうひとつ。彼が旅に出たのは23歳のときだった。
一生に一度の23歳で迎える1月4日、せっかくの偶然に合わせてみたかったから。
アイコンとなるような人には、その行動の一つ一つにカリズマティックな何かを感じ取ることができる。きっと彼もそんな人だったんだろうなと思う。
もちろん映画だから、キラキラした一瞬一瞬を選りすぐっているのかもしれない。
でも、今なおこんなにも人を魅了してしまうのは、きっと天性の何かを持っているからに違いない。
彼と少しは近いところにあるはずの今の自分が受けた感動に、彼のそれと共通するものがあっただろうか。
漫然と生きている今の自分でも漠然と感じていること。
今、「大きな何か」に疑問を感じてしまう。多分、その大きな何かで作られたものを消費してるし、その大きな何かに助けられて生きているはずなのに。
多分その、大きな何かが持つ「絶対性」なのかもしれない。
そこから漏れてしまう人たちが気になってしょうがない。
この行で書きたかったこと忘れた…。
でも何が悪いのか、何がひどいのかどんどんわからなくなるのは、マイノリティの中にもマイノリティがいるってこと。マジョリティがいてマイノリティがいるように、マイノリティの中にもさらなるマイノリティをつくることでバランスをとってしまってる。
人ってそうなのかも、自分が多数派であることに安心を覚えてしまうから。
あぁ…何書きたいのかわかんなくなってきた・・・。
でも、映画の内容については書きたくなかったからこのゴチャゴチャはアリかな。
そういえば、頭の中で起こるシェイクされた混沌はもしかしたら彼と共通するかも。
あと喘息もか…。あの苦しみは経験した人にしかわからないから。
喘息のシーンが出る度胸が苦しくて痛かった。